和歌山大学硬式野球部監督 大原 弘氏に聞く
第1回「動機づけ」編
和歌山大硬式野球部の監督になって14年目です。学習塾運営会社に勤めながら母校の和歌山県立桐蔭高校野球部のコーチを続けていました。桐蔭のコーチを辞めた後、和大が近畿学生野球リーグ3部に落ち「こんな野球じゃあかん」と桐蔭OBの保護者から声が上がりまして。それで2008年に監督を引き受けたんです。当時はピアスをしているプロ野球選手をまねる学生もいました。本人たちにはこう言いました。「大学野球というのは必ずスターティングメンバー発表の時に出身校がアナウンスされる。そして1巡目の打席に入る時、もう1度出身校が呼ばれる。高校の看板を背負ってるんだから、自分がそういうことをやってると高校の恩師の方々の顔に泥を塗ることになるよ」と。
和大野球部は和歌山で唯一の大学野球部でもあります。「和大の監督は大原」というのも十数年の歩みで定着していますから身なりもきちっとしなければ。和歌山で外出する時は襟付きのシャツ以外着ませんし、サンダルで繁華街には行かない。誰が見ているか分からないし、私がきちっとしないと学生たちに迷惑がかかる。逆に同じことを学生たちに求める部分はあります。
人間の全ての行動には動機があります。動機、視座を高く持つということが大切です。目標をきちんと持つことによって行動が変わる。自分たちがやっている野球にプライドを持って練習する。思いを一つにした塊=集団が高い意識を持って野球をやると、化学変化を起こすようにどんどんと強くなっていきます。和大野球部は、授業がある平日の練習は火曜と木曜だけ。月水金は準硬式野球部の練習があり、火木もセカンドの後方でアメリカンフットボール部が練習しています。土日は午後から全面使えますが、両翼80㍍、中堅100㍍しかない。それでも、いかにきちっと目標を持ってやるかで変わってきます。
和大は今でこそ野球で選択肢に入れてもらえるようになってきましたが、私が監督になった当時は第1志望に入る大学ではなかった。もっと合格レベルの高い大学を狙っていたけど、センター試験、現在の大学入学共通テストの点数がボーダーなので落として和大へ、という受験生が多かった。つまり「他にもっと行きたい大学があった」という学生が来ていたんです。そういう学生と野球の話をしていてもピンと来てくれないというか、ずれがあると感じることがありました。
でも、根気よく動機付けをしていくと変わってくる。2部から1部へと強くなっていく頃の学生たちは、高校野球でやり残したことがある、大学でも続けてやりたいっていう気持ちをものすごく強く持っていた、甲子園へ出場するような公立高校の生徒はきません。でも高校では勝てなかったから大学で勝ちたいとか、そういう学生が集まってきた。熱心に話をしていたら熱くなる。みんな賢いですからかみ合ってくる。チーム力が高まるというのは、そういうプロセスなんだと思いました。
動機づけ理論とか交流分析(Transactional Analysis,TA)を塾業界に入ってから学びました。繰り返しますが、全ての行動には動機がある。私も未熟な頃、選手らに「やる気ないなら帰れ」と言っていました。しかし、動機づけ理論を学んで、やる気があるからグランド来ているんだと気付いた。保護者も受験生の子どもに「あんた、やる気あんの」と言っていませんか。やる気があるから塾へ来ているんですよね。
ただ、やる気には強弱がある。指導者、保護者はそれを理解しないとだめです。大人だって、仕事をやる気になってガンガンやる時があれば、やる気にならない時、帰ろうとさえ思う時がある。子どもも同じです。テストが近くなるとやる気が強まるとか、体調が悪くなると弱くなるとかあるでしょう。うまくいかない時も。それが分かってくると「やる気がないのか」という話にはなりません。指導者も保護者も大事な仕事は動機づけです。塾業界で働いている者は、知識を伝えることではなく、動機づけをすることが仕事なんです。弱くなった動機を強めてあげる。そこに目を向けると声かけも変わってくるんです。
野球でも結果が出ていなかったら、やる気が下がります。そこで「やる気ないんか」ではなく、なぜそこができないのか本人にきちっと伝える。「じゃあちょっと打ってみようか」と言ってティーバッティング、トスバッティングをする。監督が自ら投げてあげるとか。そういうことで変化が起きる。監督から直接声をかけてもらったとか、具体的に指導してもらったとかね。
和大は6月の全日本大学選手権2回戦で慶応大に2―4で負けました。私は学生に人間学の雑誌「致知」を推奨しているんですけど、慶大もこれを題材にした勉強会を開いており、その成果がものすごく出ている。練習で打撃投手を務めた1年生に先輩が「ありがとう」と声掛けする。これはうちも同じ。ところが慶大の場合「いいボール来てたわ。あのボールやったら、なかなか自分らも手え出えへん。でもちょっと外へ変化球を放る時に腕の振りが緩くなるなあ。バッターから見やすいから気をつけたほうがええよ」。こう言われたら新入部員もまた投げたくなる、また教えてもらいたくなりますよね。先輩たちを応援したくもなります。受験も同じではないでしょうか。
(聞き手は毎日新聞記者・山本直)
PROFILE | 大原 弘(おおはら ひろし) |
1965年、和歌山市出身。京都産業大卒。学習塾(GES)運営会社で32年以上、小中高生の教育に携わっている。母校・桐蔭高校の野球部コーチを経て2008年、和歌山大学硬式野球部監督に就任。近畿学生野球リーグの3部から1部に引き上げ、2017年春に初優勝。同年の全日本大学選手権8強。21年も優勝した慶応大に2―4で敗れたものの16強入りを果たした。 |